この絵は、Copailtに描いてもらった「生産性向上を果たした職場の風景」です。
AIとしては、このようにスッキリした職場環境で、かつICTを使ってスマート(賢く)に仕事をこなしている、こんな状態が生産性向上なんだろうなと小生は感じました。
しかし実際の職場は、そんなのではありません。
ICTや効率化の機器が導入されると、労働者の中に業務能力の格差が生じ、労働者間の軋轢が生じ始めます。終いには、退職者が増加する企業もあります。
なぜでしょうか?
そもそも、生産性向上という言葉、誰が言い出したんでしょうか。
古典的には20世紀、フレデリック・テイラーが科学的管理法(サイエンティフィック・マネジメント)を行ったのが始まりのように記憶しています。大学で経営学を専攻していましたから、この話はよく聞きました。工場にストップウォッチを持ち込んで、各部門の作業内容と時間を計測し、作業内容の変更や合理化、オートメーションを進め、労働投入量に対するアウトプットを計測したのです。一人当たりの生産品数と不良品の少なさを基準に、生産性を測っていったんですね。
また、エルトン・メイヨーのホーソン実験も有名ですね。労働の効率化や生産性向上に関する研究として知られています。メイヨーは、人間関係や職場の環境が労働者のパフォーマンスに与える影響に着目し、社会的要因が生産性に重要な役割を果たすことを明確にしました。
日本では、自動車産業や電子機器産業において、機械化による生産性向上が進められてきました。しかし、サービス業においては、小売業において自動販売機やネット販売等で販売の利便性向上と効率化は進められてきましたが、Face to Faceで提供するサービスであることに変わりはなく、小売だけでなく、医療、介護、旅客、宿泊、外食、教育など、様々な分野での取り組みは進みませんでした。
なぜでしょうか。
「お客様は、神様です」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
これは、日本の演歌歌手、故・三波春夫氏が、生前口にしていた言葉だったそうです。
これは、来場者の一人一人を自分の神様だと思って全力で歌を演じきる自身の心構えとしての言葉でした。そう、今私たちが知る、商業施設の従業員が上層部から言われている言葉の意味とは、まるっきり違うんです。管理者が従業員に強要するものでないし、まして命令する管理職は、従業員一人一人を自分の神様だと思って接しないといけないという意味として捉えるべきフレーズなのです。
なぜ、この言葉が商業に導入されたのか。それは、ダイエー創業者の中内功が、違う言葉としてインストールしたのだと思います。
「価格の決定権を製造メーカーから消費者に取り返す」
これは、消費者が一番偉いんだ!と、小売業が消費者の代弁者として、メーカーへ叩きつけた言葉で、昭和40年代に起こった松下・ダイエー戦争の発端となった、中内氏から松下氏への宣戦布告の言葉です。
松下電器産業は、現在のパナソニックですが、水道管経営といって、人々の生活を豊かにするための製品を大量に作り水道管で水を各家庭に運ぶように提供していく、こういうビジネススタイルを持っていました。
一方ダイエーは、より安価で良い商品を、消費者に提供することで、ビジネスを拡大していていました。
お気づきかもしれないが、完全に、インフレ経済とデフレ経済の戦争だったわけです。
松下の製品は良いが高い。これはパナソニックになった今も変わりません。
それには、松下の経営経験から、安売りは従業員を苦しめ国経済を疲弊させるとの信念があったからだと思います。
松下は労働闘争で工場ストライキまで経験しています。
松下幸之助氏は、労働闘争の現場に出向き、労働者側と直接話し合いを行なったようです。
松下は、従業員とその家族を守る!これこそ、経営者の使命であるとしています。
デフレ経済から脱出できず、官製賃上げを行なっている日本にとって、耳の痛い話です。
一方、ダイエーの中内氏は悪だったのか、というとそうではありません。
経済格差が広まった高度成長期において、経済的弱者である人たちにも、文化的な生活環境を提供しようとしたんです。
両者の視点は、左右別々。ベクトルが全く違います。
将来投資も踏まえた適時適切な商品開発と適正価格での販売による従業員やその家族を守るという視点と、とにかくバイヤーによる大量の物販物の確保とそれらの安価大量販売による利潤追求という視点。
結局、松下・ダイエー戦争は、幸之助氏の死去で終焉を迎えました。
中内氏が亡くなった後、ダイエーはイオンに吸収され、松下はパナソニックに社名を変更してグローバル企業になりました。
どちらが正しいとか、そんなことを言うつもりはありません。どちらも正しかったんだと思いますが、この結果を見ると、企業がすべきことは、従業員を守ることで、それを通じて社会を豊かにすること、平穏にすることなんだと思います。
それに加えて、ダイエーの闇の部分は、本業以外のところで儲けようとして、結局失敗してしまったところです。大学は作るは、遊園地は作るわ。現在のドンキの走りのような段ボールを店内に積み上げて人件費を圧縮して安売りをする商売を展開しすぎたんです。結局、消費者にも従業員にも見放されました。
一方で、PB商品を日本に導入するなど、今の我々にとって大切な商品コンテンツも創造しました。
ただ、ダイエーは、もっとやるべきことがあったんではないかと思います。生産性向上の切り口で言うと、ダイエーは、人員削減を進め、製造業者に大量発注と生産コスト圧縮を求め、それが様々な人たちの疲弊を拡大してしまったんです。儲けたお金を、従業員や取引先企業に還付して生産性を向上しておけば、メイヨーの生産性向上に着手していれば、結果は違ったと思います。
その点、パナソニックは、おそらくですが、あくまで従業員とその家族の生活を守るために、「商品の付加価値向上のための生産性向上」に努めたんだと思います。
今、医療や介護現場の離職が加速しています。
厚労省は、労働者保護のもとで急激に「働き方改革」を進め、その取り組みの一方策として「生産性向上」を進めようとしています。
しかし、その中身は、労働者の労働時間を削減することが一番重要視されています。国際的に批判されたことも影響しているのだと思いますが、ちょっと待って、と言いたいです。何も理念がない。諸外国に比べて労働時間が長いとか、離職率が高いのは劣悪な労働条件だからだとか、目の前の課題を、モグラ叩きするためにルールを作っているにすぎません。
医療や介護、物販現場の生産性向上は、メイヤーが主張するように、労働者視点で、ESの向上を目指して行われるべきです。手術ロボットや介護ロボット、電カルや介護ソフトが普及して、ICTが普及し、事務的なルーティン的な業務は減ると思います。技術の進歩や働き方の多様化に伴い、生産性向上の手法も多岐にわたるようになっています。テクノロジーの活用やリモートワークの導入、柔軟な働き方などがその一例です。
しかし、医療、介護は、絶対的に人手が必要です。人をケアする仕事だからです。その仕事の従業員のリスクは、他の業界に比べて高いです。感染リスクはもちろん、医療や介護の過誤による訴訟のリスク、セクシャルをはじめ様々なハラスメントによる犯罪被害のリスク、生活の大半を業務に縛られる非自由度のリスク、と挙げだすとキリがありません。
こんなことを書くと、高い給与もらっているから当然だとの声も聞こえることがあるかもしれませんが、そんなお得満帆な人、医療も介護もいません。医師だって、あれだけ自由がなく、様々なリスクがある仕事です。同じ業務をする人たちと比べると、本当に安いし、介護職員なんて、介護報酬で定額で支払われる事業収入の中から払われれるため、最低賃金レベルでしか給与が支払われていないのが現状です。
これを打破しようと生産性向上を国は謳い、補助金等で機械化を進めようとしていますが、もう一度言います、人が人を世話する仕事の生産性向上って、そんなので達成するのでしょうか。これらの分野の生産性向上って、なんなんでしょうか。
ドラえもんや鉄腕アトムが、現実世界に存在していても、おそらく人間は人間でないとケアできない。ロボットでは無理だと思います。なぜなら、人間でないから。人工知能が発達して、人間と同じように思考できても、目の前にあるAIで動く物体は、あくまで人間が創造した仮想生物であり、いろんな七顛八倒して人生経験を積んできた目の前の医療・介護スタッフ、小売業のスタッフ、宿泊業のコンシェルジュなどの代わりは無理です。
こんなことを考え続けて、結局、生産性向上ってナニ?と疑問が解消されないまま、ここに投稿してしまいました。
では。