ともほ じゃーなる

まいにち の ものがたり

今頃フォースの覚醒を論評

今週のお題ゴールデンウィーク2017」

GWは家族の予定でバタバタするはずだったのに、嫁が風邪だか花粉症だかで調子が悪く、小生のGW初日は、いきなり自由時間となりました。

そこで、ツタヤに行って、前から観ようと思っていた「フォースの覚醒」を鑑賞。

その感想やらを含めた論評をしたいと思います。

 

 監督は、スタートレックやスーパー8の監督をした皆さんご存知のJ・J・エイブラムス

映画は、エンドアの戦いの30年後、レジスタントのアジトの様子から始まる。

なんか、ワクワクするはずだったんですが、いきなり今回の物語の核となる「ルークの居場所が分かる地図」のデータが出てきます。映画を観終わった後に小生が思ったこと。

「物語の核心(ワクワクのネタ)を、最初に説明するんじゃないよ」

❝ルークがいない、そしてファースト・オーダーという組織が彼を探していて、レジスタンスがその情報を隠し持っている。❞

これを最初に見せられたら、あー、どこかでフォースに目覚める奴がいて、フォースに導かれるようにしてルークのところへ行くというのが、今回の大きなあらすじか、と推測できてしまう。

=== 以下、映画を観た人にしかわからないかもしれないので、一応あらすじを知りたい方は、次をクリック ===

スター・ウォーズ エピソード7/フォースの覚醒 | Wookieepedia | Fandom powered by Wikia

 

私が脚本家か監督だったら、レイ(主人公)の仕事場(盗掘場)にBB-8が倒れていて、持ち帰り分解して売ろうと思ったら動き出して、BB-8と格闘するうちに、なにかの拍子に地図が出て・・・のようなあらすじから始めますね。フィンだって、ファースト・オーダーの脱走兵なんだけど、戦闘中に嫌になって逃げ隠れていた墜落機でレイに出会うっていうのでも良かったんですよ。それの方が、映画の冒頭に謎が散りばめられていて、観ている方はのめりこみやすいと思います。

この映画、全体的に、ストーリーがあっさりしすぎていて、観た満足感が少ない!というのが、私の感想です。シスの復讐の時のアナキンの豹変のシーンぐらい、えっ!っていう展開が欲しかったですね。あとシス卿とマスター・ヨーダの戦いのようなハラハラする展開が欲しかったです。

そして、なにより残念なのは、レイが自然発生的に「フォースに目覚める」ところです。これ、6部までのフォースに目覚めるまでの過程をまったく無視していますね。レイが突然、ストームトルーパーにフォースで命令できたり、フォースの力でライトセーバーを手元に寄せたり・・・・

潜在的に途轍もないフォースを持っていたとしても、それを訓練なしに最初からコントロールできるというのは、なんか深みがないです。危機に陥った時にフォースが暴走して、周りのあらゆるものを破壊して、本人が恐怖とともに己の力を初めて認識し、その後の訓練で使えるようにするという方が、これまでのフォースの身に付け方とリンクしていませんか?

今回は、カイロとソロの親子の物語も、この映画の大きな要素でした。

ここでも、突っ込みをいれます。

カイロがソロをライトサーベルで、グサってやったシーン。

二人が近づいたシーンで、すぐに分かっちゃいました。

ここは、ダースベーダーとオビ=ワンの戦同じようなシーンを入れるべきだったと思います。

自分の息子が銀河一の悪者になろうとしているときに、言葉だけでやめさせようとするシーンは単純すぎます。まして「お父さん・・・ごめん」てなシーンの直後に、グサっていうシーンはありふれています。ここはスターウォーズなんです。息子の暴走を止めようと、決心して自らの手で葬ろうとする父親に追い詰められた息子が、最後、父親に許しを請い降伏するとみせかけ、近づいてきたところをグサッと。そして最後にこう言うのです「お前の知っている息子は、すでに私が殺した。あの世で再会するんだな。」

こういうのが、スターウォーズですよね(私的には)。

ダークサイドに落ちているわけですから(又は完全に落ちようと決心しているんですから)、カイロというキャラを観ている人々の胸糞を最高に悪くしないといけない訳です。

だけど、この映画は、こんな大事なシーンが、なんともあっさりしすぎなんです。

そのほかにも沢山突っ込みます。

ルークの居場所の地図が全部そろったところで、いきなりレイがルークに会いに行くのですが、これもダメ。ジェダイマスターであり、もう戦いたくないと思っている人なんですから、そんなに簡単に会えるはずがない。しかも爽やかな島に住んでいる。本当に人目を避けて隠れて生活するなら、アマゾンの密林のようなところにいるはずです。しかも座禅を組み瞑想しながら、自分の弟子であり甥っ子の裏切りを許した自分に何年も自問自答しつづけているはずです。なのでまさか、あんな爽やかな島にいないでしょう。しかも、ブランド服のワンシーンみたいな登場の仕方、ダメダメダメ。もっと心の奥に闇をもっていないと。光を失った光の戦士ってのを演出しないと。

そして極めつけ。

フォースは永遠なんですよね。だからジェダイの帰還の時には、ヨーダもオビ=ワンも、生命エネルギー体として、ルークを見守り助けてきた。

今回、それが全く出てこない。

シスが滅んだ(はず)の世界に、ダークサイドが復活しているわけです。ジェダイの生命エネルギー体も心配しているはずです。ルークに語り掛けてもダメな状況で、一人の希望の光が現れた。こうした状況下で、ジェダイの魂がこの世に干渉することは十分ありえると思うんですよね。

私が監督だったら、レイがルークのライトセーバーに出会うきっかけを、自らの幼少の時の叫び声ではなく、「お前はフォースとともにある」という誰かの声に導かせてライトセーバーのところへレイを連れて行きますね。そしてライトセーバーに触れた瞬間に、ライトセーバーの持つ記憶を伝授(これは映画にもあったシーン)、それから逃げようとするレイに「フォースとともにある」という声を何度も聞かせる。そして、森でカイロに追い詰められた時も「フォースとともにある」という声を聞かせる。

その後、捕らえられ尋問されている部屋に1人で取り残されたときに「フォースを使え」「こころを無にし、フォースとともにあれ」と何度も聞かせ、レイが「どうすればいいというのだ」と切れた瞬間、カイが入ってきて「フォースとはこう使う」とフォースの力を見せつける(これはレイを降伏させるため)。そこでレイがフォースの使い方を学ぶ・・・的なストーリーにしますね。

フォースの覚醒が公開された後、ルーカスは映画の出来栄えにカンカンだったと聞きます。やはり、ルーカスしかスターウォーズは作れないのかもしれません。オリジナルを超える作品を作ることは、本当に難しいんでしょうね。

ルパンだって、宮﨑ルパンは、ルパンが好きな人には「納得できるものでない」でしょうし。だって、キャラがすべてナウシカラピュタなんですもんね。しょうがないです。

今年、最後のジェダイが公開されます。

この映画が、最後のスターウォーズにならないことを期待します。

さて、明日は、韓流ドラマ「ポンダンポンダン」でも観るか!